保育室より

子どもと本(2)グリム童話の楽しみ  鈴木 祐子

更新日:2018/03/19



 小学校に上がる少し前の頃のことです。風邪をひいて眠っていた私が目を覚ますと、枕もとに新しい本が置いてありました。私が初めて手にするハードカバーの本でした。「おおかみと7ひきの子やぎ」を標題としたグリム童話集。文字を覚え始めた頃、絵本ではない本をもらった時の得意気な気持ちは、今でも忘れられません。
 「おおかみと7ひきの子やぎ」は、おかあさんの言いつけを守って留守番をしている子やぎたちの家に、悪いおおかみが入りこんでくるお話です。子やぎたちは必死になって逃げまわります。ある子はテーブルの下。ある子は戸棚の中。ある子はだんろの上へ・・・・・。
でもおおかみは次々と見つけ出してまるごと飲みこんでしまうのです。ただ、柱時計の箱の中にかくれた一番小さい子やぎだけは、見つからずにすみました。
 幼児期には、よく「かくれんぼ」をします。自分たちの遊びと「お話」の展開が重なって生き生きとしたイメージをつくり上げていくことができるのです。
 「お話」のおもしろさがわかり始めた頃、短くて単純なお話は、それを聞いて自分の頭の中にいろいろなイメージをつくり出す楽しさや、お話の展開をたどって心をときめかせていく喜びを与えてくれます。グリム童話には、その意味で、わかりやすく愉快な作品が集められています。
 さて、帰って来たおかあさんは、満腹で眠りこけていたおおかみのお腹を開いて子どもたちを助け出し、代わりに石ころを詰めておきます。悪いおおかみがいなくなると、七ひきの子やぎたちは、賢くてやさしいおかあさんやぎと一緒に大喜びで踊りまわります。
 子どもが、自分たちの生活に密着させながら、言葉を通して様々なことを感じていく楽しみ。それを与えることが、健康な心をもった大人になるためにどんなに必要なことかは、言うまでもないことでしょう。

子どもと本(1)「幼い頃の思い出」鈴木 祐子

更新日:2017/12/01




幼い頃の思い出

       鈴木 祐子

 私は福島県で生まれ、4歳になるまでそこで過ごしました。庭の大きな柿の木や、古い縁側、祖母の長煙管(ながぎせる)
など、幼い時期の思い出は断片的にしか浮かんできません。けれども60歳を過ぎた今でもなお、鮮やかに蘇ってくるものが
あります。
 それは、雪深い冬の夜のひとときです。当時はまだテレビもなく、夕食後の楽しみといえば、母に本を読んでもらうこと
でした。2人の兄と私が3人並んで田舎家の掘りごたつに座ると、母は毎晩毎晩、「フランダースの犬」を読んでくれました。
 この本の始まりの一節が、歌うようにかろやかでやさしさに満ちた母の声と共に、私の心に焼きついています。
  ベルギーの フランダースの むらから アントワープと いう まちへ つづく
  いなかみちを、ゼハンじいさんは まいにち くるまを ひいて、ぎゅうにゅうを
  うりに、かよいます。
  くるまに のせた かわいい まごの ネルロは、ゼハンじいさんの たからもの。
しんとして、もの音ひとつしない冬の夜、ふんわり浮かび上がる雪景色。古びた電灯の光がそのことばに重なって、
懐かしく思い出されます。
 いうまでもなく、この本はこどものための「愛の聖書」といわれ、愛と誠実の泉からほとばしるような清らかな物語です。
みなしごのネルロ少年と忠実な老犬パトラッシュとの生活に、これでもかこれでもかとふりかかる不幸。ひもじくて寒くて、
今にも倒れそうになりながら雪の中を歩く彼らに、
  まちの ほうから まよなかの いのりの かねが かすかに ひびいてきます。
  クリスマス クリスマス というように。
このあたりになると、私はもう母のもつ絵本から目を離すことができませんでした。

 人間はことばを通して考え、感じることができます。ですから、本を読むことによって様々な感情や思索の体験をする事が
できるのです。とりわけ、幼い時の子どもと本との出会いは、それ以後の成長、子どもの世界全体と無意識のうちに深く結び
つくのではないでしょうか。

                                      ※フランダースの犬 講談社 深尾須磨子 文
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