保育室より

子どもと本(4)アンがグリーンゲイブルズに来た日 鈴木 祐子

更新日:2018/07/03


 前回は、冒険心にあふれた少年たちの物語を紹介しましたね。さて、同じ年ごろの少女たちは、どんな物語に引きつけられるのでしょう。私などは「小公女」「ハイジ」「若草物語」と昔ながらのお話が浮かんできます。お母さまたちにもきっとそれぞれに思い出がおありのことと思います。それらは、女の子たちの永遠に続く清らかな夢と憧れが、魅力的な主人公の生き方と共に息づいている作品ですものね。

 その中でもその作品の呪縛力があまりにも強く、これについてはとても語り尽くせそうにないのが「不思議の国のアリス」と言えましょう。ところが、※1908年に、マーク・トウェインが「あの不滅の生命を持つ『不思議の国のアリス』以来の愉快きわまる、そして最も強く人の心に迫ってくる存在」と評した作品が出版されたのです。※

 ルーシイ・モンゴメリの「赤毛のアン」です。私自身は、小学校6年生の時に父が買ってくれたのが、最初の出会いでした。それから50年間、文字通りにんじんのように赤い髪をした、そばかすだらけの「アン」の一挙一動に泣いたり笑ったりしながら、何度も何度も読みました。アヴォンリーの村も、その村の人々も、すっかり慣れ親しんだ友達のような気さえします。

 4年前に放送されたNHK朝の連続ドラマ「花子とアン」は、この本を翻訳した村岡花子さんが主人公になっていました。私が読んだ物語は殆ど「村岡花子訳」なので、大変懐かしかったです。

 つい最近、私はまたこの本を開きました……年を取ったマシューとマリラの兄妹は、畑仕事の手伝いに、孤児院から男の子をひとりもらおうと思いつきます。けれども、やってきたのは、大きな目を輝かせたやせっぽちの女の子です。二人は困り果てました。女の子では、自分たちの役に立ちそうもないのです。ところが、突然マシューが、思いもかけないことを言い出します。

      「だが、わしらの方であの子に何か役に立つかもしれんよ。」

このさりげない、しかも深い愛に満ちたことばに、私は思わず涙が出てきました。

 そして、グリーンゲイブルスの子どもになることが決まった夜、初めて神様にお祈りをしたアンを見て、育てていくことを覚悟したマリラは、マシューに言うのです。

     「まあまあ、世の中を渡って行くには、それぞれ苦労を分け合わ
      なくちゃならないけど、これまで気楽にやってきた私にも
      どうやら番が回ってきたようですよ。」

マシューが答えます。


      「そうさな、お前の出番のようだな。」

 大学を出てから還暦を過ぎるまで、多くの子どもたちと関わってきた私の心に、改めて深く染み入る場面でした。すぐれた作品は、子どもの手から離れて、あらゆる年齢の人々のものになるのですね。


  ※は、 村岡花子「赤毛のアン」あとがき 1954年 新潮文庫 より
  引用しました。 

子どもと本(3)「十五少年漂流記」はおもしろい 鈴木 祐子

更新日:2018/05/30


 子どもたちの成長はめざましく、月組さんもお昼寝時には自分から本を選び、ひとりで読む姿が見られます。花組さんは先生の読む長いお話にじっと聞き入っています。
 さて、以前、小学校5・6年生の子どもたちに対して、どのような物語が好きかという調査をしたことがありました。彼らの答えは、①ストーリーが起伏に富んでいて変化のあるもの ②主人公の気持ちや行動に共感できるもの ③内容にユーモアやスリル、科学性などがあるもの、というように集約されました。
 こうしてみると、少年少女時代に一度は必ず読む物語は、皆これらの要素を備えています。まず、ストーリーが起伏に富んでいるという点においては、「冒険もの」が一番でしょう。「ロビン・フッドの冒険」「宝島」「トム・ソーヤの冒険」などがすぐに浮かんできます。11、2歳の少年たちが大冒険を夢見ながら、物語の世界にひきこまれていく独特な気持ちは、いくら時代が変わっても失われることはありません。
 とりわけ冒険精神にあふれ、しかも少年少女小説の傑作といえるのは、ジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」ではないでしょうか。
 ニュージーランドの首都オークランドの寄宿学校の生徒たちの乗った船が、嵐の中を漂うところから話は始まります。一番の年長者である14才から、字をおぼえたばかりの一年生まで、15人の少年が孤島に漂着し、無人島で生活する2年間がわくわくするような文章で描かれています。
 人種や国籍の違う少年たちは、無人島に漂着した時には、ばらばらな集団でしたが、苦難をともにする中で、秩序と規律のある小さな社会を作りあげていきます。勉強嫌いですが誠実で勇敢な、少年の理想像ともいえるようなブリアンをはじめとして、何事も一番でなければ気のすまない、頭のいいドニファン。あまりすばしこくはないけれど観察力があり、まじめで実行力のあるゴードンなど、たくさんの人物像が生き生きと描き出されます。
 この15人の少年たちが、自分たちで大統領を選んだり、様々な問題を一つ一つ解決していく場面。島に悪人が上陸した事を知ってからの協力態勢。自分のしたことを告白するジャックとそれを聞く皆の姿・・・。夢中になって読んでいくうちに自分も少年たちと固い友情で結ばれていくような気持ちになってきます。
 物語の最後、オークランドに帰ってきた時に、彼らは本当に大切なことを学びとっていたのです。 
 
   秩序、熱心、勇気の三つがあれば、どんな困難にもうちかてるのだ。
   難船したチェアマン学校の生徒たちは、島の苦しい生活できたえられ、
   帰国したときには、幼年組は上級生のように、上級生たちはほとんど、
   おとなに成長していた。
 
そして、どんな危険な目にあっても、必ず乗りきることができることを知った少年たちの姿から、読者もそれを学びとります。「こんな2年間の休暇があったらな」と夢見ながら。
 やがて少年期を迎えるナーサリーの子どもたちの幼い心は、そんな気持ちにごく自然に入っていけるように、今、ゆっくりゆっくりと耕されているのです。

                      「十五少年漂流記」
                       講談社 少年少女世界文学全集
                       波多野完冶 塚原亮一 訳

子どもと本(2)グリム童話の楽しみ  鈴木 祐子

更新日:2018/03/19



 小学校に上がる少し前の頃のことです。風邪をひいて眠っていた私が目を覚ますと、枕もとに新しい本が置いてありました。私が初めて手にするハードカバーの本でした。「おおかみと7ひきの子やぎ」を標題としたグリム童話集。文字を覚え始めた頃、絵本ではない本をもらった時の得意気な気持ちは、今でも忘れられません。
 「おおかみと7ひきの子やぎ」は、おかあさんの言いつけを守って留守番をしている子やぎたちの家に、悪いおおかみが入りこんでくるお話です。子やぎたちは必死になって逃げまわります。ある子はテーブルの下。ある子は戸棚の中。ある子はだんろの上へ・・・・・。
でもおおかみは次々と見つけ出してまるごと飲みこんでしまうのです。ただ、柱時計の箱の中にかくれた一番小さい子やぎだけは、見つからずにすみました。
 幼児期には、よく「かくれんぼ」をします。自分たちの遊びと「お話」の展開が重なって生き生きとしたイメージをつくり上げていくことができるのです。
 「お話」のおもしろさがわかり始めた頃、短くて単純なお話は、それを聞いて自分の頭の中にいろいろなイメージをつくり出す楽しさや、お話の展開をたどって心をときめかせていく喜びを与えてくれます。グリム童話には、その意味で、わかりやすく愉快な作品が集められています。
 さて、帰って来たおかあさんは、満腹で眠りこけていたおおかみのお腹を開いて子どもたちを助け出し、代わりに石ころを詰めておきます。悪いおおかみがいなくなると、七ひきの子やぎたちは、賢くてやさしいおかあさんやぎと一緒に大喜びで踊りまわります。
 子どもが、自分たちの生活に密着させながら、言葉を通して様々なことを感じていく楽しみ。それを与えることが、健康な心をもった大人になるためにどんなに必要なことかは、言うまでもないことでしょう。

子どもと本(1)「幼い頃の思い出」鈴木 祐子

更新日:2017/12/01




幼い頃の思い出

       鈴木 祐子

 私は福島県で生まれ、4歳になるまでそこで過ごしました。庭の大きな柿の木や、古い縁側、祖母の長煙管(ながぎせる)
など、幼い時期の思い出は断片的にしか浮かんできません。けれども60歳を過ぎた今でもなお、鮮やかに蘇ってくるものが
あります。
 それは、雪深い冬の夜のひとときです。当時はまだテレビもなく、夕食後の楽しみといえば、母に本を読んでもらうこと
でした。2人の兄と私が3人並んで田舎家の掘りごたつに座ると、母は毎晩毎晩、「フランダースの犬」を読んでくれました。
 この本の始まりの一節が、歌うようにかろやかでやさしさに満ちた母の声と共に、私の心に焼きついています。
  ベルギーの フランダースの むらから アントワープと いう まちへ つづく
  いなかみちを、ゼハンじいさんは まいにち くるまを ひいて、ぎゅうにゅうを
  うりに、かよいます。
  くるまに のせた かわいい まごの ネルロは、ゼハンじいさんの たからもの。
しんとして、もの音ひとつしない冬の夜、ふんわり浮かび上がる雪景色。古びた電灯の光がそのことばに重なって、
懐かしく思い出されます。
 いうまでもなく、この本はこどものための「愛の聖書」といわれ、愛と誠実の泉からほとばしるような清らかな物語です。
みなしごのネルロ少年と忠実な老犬パトラッシュとの生活に、これでもかこれでもかとふりかかる不幸。ひもじくて寒くて、
今にも倒れそうになりながら雪の中を歩く彼らに、
  まちの ほうから まよなかの いのりの かねが かすかに ひびいてきます。
  クリスマス クリスマス というように。
このあたりになると、私はもう母のもつ絵本から目を離すことができませんでした。

 人間はことばを通して考え、感じることができます。ですから、本を読むことによって様々な感情や思索の体験をする事が
できるのです。とりわけ、幼い時の子どもと本との出会いは、それ以後の成長、子どもの世界全体と無意識のうちに深く結び
つくのではないでしょうか。

                                      ※フランダースの犬 講談社 深尾須磨子 文
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